元禄文化
- 17世紀末~18世紀初め
- 上方(京都・大阪)の町人中心に栄えた
- 元禄期(1688~1704年)を中心に栄えた
文化が栄えた背景
戦国時代から時間がかなり経過し、平穏な時代がやってきました。戦の記憶も遠くなって、江戸幕府も敵がいない中で安定した政権を運営していました。そのような状況で、戦国時代に主役だった武士よりも町人たちが経済力や影響力を持つようになりました。このような大阪や京都の裕福な町人(豪商)たちが、元禄期に新たな文化の担い手になりました。
一方で江戸はどうだったかというと、この頃までに大都市へと成長していましたが、まだまだ新しい都市だったので、独自の文化が成長するまで、もう少し時間を要しました。
この頃、幕府では5代将軍徳川綱吉が治めていました。彼は「能」や学問が大好きで、文化振興にも力を尽くしました。こうしたことも文化が盛り上がった一因といえます。
どんな人物が活躍したか?
| 井原西鶴 | 小説 | 浮世草子(小説)で、町人の暮らしを書いた。 |
| 近松門左衛門 | 作家 | 浄瑠璃の台本を書いた |
| 松尾芭蕉 | 俳諧 | 東北・北陸などを旅行しながら、俳諧をつくった。 |
| 菱川師宣 | 絵画 | 浮世絵の祖とよばれる。「見返り美人図」が有名。 |
| 俵屋宗達 | 絵画 | 「風神雷神図屛風」が有名 |
| 尾形光琳 | 絵画 | 「紅白梅図屛風」が有名 |
| 関孝和 | 数学 | 日本独自の和算を研究 |
| 渋川春海 | 天文学 | 日本独自の暦 |
浄瑠璃とは … 三味線という楽器を伴奏にして、太夫(たゆう)が語る言葉(登場人物のセリフも含めて)によって物語を進めていくこと。ちなみに人形浄瑠璃とは、浄瑠璃で進む物語に、人形の芝居を組み合わせたものです。
俳諧とは … 特に中世以降発展してきた連歌が、庶民にも親しまれるようになったもの。明治時代になって、正岡子規の取り組みにより、俳諧の発句の部分を俳句とよぶようになった。
浮世絵の祖とは … 菱川師宣は、それまで本の挿絵でしかなかった浮世絵を、一つの作品としての価値にまで高めまたので、「浮世絵の祖」とよばれています。
和算とは … もともと中国の伝統的な数学の流れから日本独自に発展したものです。関孝和は和算を高度に発展させました。現代では、教育現場でほとんどが用いられることはなくなりましたが、「そろばん」は和算の名残だといえます。
その他、
正月、ひな祭り、端午の節句、盆踊りなどの行事が定着していった。
一日三食が庶民にも広まる。
化政文化
- 19世紀初め
- 江戸の庶民を中心に栄えた
- 文化・文政期に栄えたので「化政文化」といいます。
文化が栄えた背景
寛政の改革(1787~1793年)と天保の改革(1841~1843年)によって、人々の娯楽などは厳しく締め付けられました。質素・倹約という名の下に、倹約令によって、衣服・出版・芸能などが制限されました。このような政策は、人々から活気を奪っていきました。このような状況では文化がなかなか育ちません。
化政文化は、これらの厳しい改革の間に栄えた文化でした。締め付けられた時代とは対照的に、人々は様々な娯楽を自由に追求し、文化が花開いたのです。
また、老中田沼意次の時代に、経済の中心が大阪から江戸に移り変わったことをきっかけに、文化の中心も江戸に移るようになりました。この頃、江戸の人口は約100万人を超え、世界でも屈指の規模を誇っていました。この勢いのある江戸において、影響力のある町人だけでなく、庶民も娯楽を楽しむようになり、江戸中心の文化が栄えました。
どんな人物が活躍したか?
| 与謝蕪村 | 俳諧 | 情景を表現した俳諧をつくった |
| 小林一茶 | 俳諧 | 農民の気持ちをくんだ俳諧をつくった |
| 東洲斎写楽 | 浮世絵 | 歌舞伎の人気役者を描いた |
| 喜多川歌麿 | 浮世絵 | 美人画を描いた。 |
| 葛飾北斎 | 浮世絵 | 風景画を描いた。「富嶽三十六景」が有名。 |
| 歌川(安藤)広重 | 浮世絵 | 風景画を描いた。「東海道五十三次」が有名。 |
| 十返舎一九 | 戯作者 | 「東海道中膝栗毛」という旅の案内書を書いた |
| 曲亭(滝沢)馬琴 | 戯作者 | 「南総里見八犬伝」などの長編小説 |
| 本居宣長 | 国学 | 国学の研究。「古事記伝」を書いた |
| 杉田玄白 | 医学 | 蘭学の研究。 「解体新書」を出版した |
| 前野良沢 | 医学 | 玄白とともに「解体新書」を出版した |
| 平賀源内 | 学者 | 発電機(エレキテル)・寒暖計(温度計の一種)をつくった |
| 伊能忠敬 | 地理 | 日本地図の作製 |
浮世絵について … 木版画のひとつの形です。身近なものや風景が題材になりました。浮世絵は海外でも人気が出て、ゴッホなどの海外の有名画家に影響を与えました。
特に、多色刷り(カラフルな)浮世絵は、「錦絵」とよばれていて、版画技術によって量産されました。お手頃な値段で購入できたことも人気を後押ししました。
芭蕉と蕪村・一茶の関係 … 芭蕉と蕪村・一茶は生涯が重なっていませんが、江戸時代の三大俳人として、松尾芭蕉・与謝蕪村・小林一茶が数えられています。
蘭学とは … 「蘭」とはオランダのことで、オランダからもたらされた学問という意味です。当時海外との関係が制限されていた中で、オランダとは継続的な関係がありました。これによって、物理学・天文学・医学などに関するオランダ語の書物や学問が伝わってきました。
国学とは … 儒学・仏教が伝わる以前の日本古来の精神を研修する学問で、本居宣長によって完成されました。後の尊王攘夷の動きに影響を与えることになります。
日本地図の作製 … 伊能忠敬は、合計10回で17年かけて測量しました。1日で数十km徒歩で移動し、移動距離の合計約4万km(地球約一周分)にもなりました。人工衛星も無かった時代に、現代でも通じるほどの正確な地図を完成させました。
その他
川柳や狂歌も人気を集めた。
歌舞伎・落語・相撲などの人気がさらに高くなっていった。
川柳(せんりゅう)とは、俳句と同じ「5・7・5で」す。俳句と異なる点は、季語を入れる必要がなく、当時の社会(幕府など)や身近な出来事をテーマにして、風刺(物事を遠回しに批判すること)したものがよまれます。
狂歌(きょうか)とは、和歌と同じ「5・7・5・7・7」です。和歌と異なる点は、川柳と同じようなテーマを入れ込んでいるところです。
寛政の改革については、次の記事をご覧ください。

まとめ

元禄と化政文化の違いをまとめてみました。いずれの文化も安定した江戸時代が生んだ文化でした。日本の中心が江戸に変わって、より庶民にも娯楽が広がっていった時代でした。


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