綿花とは
綿花とは、ワタという植物から採れるふわふわとした綿毛のことです。
ワタは夏に花が咲いた後、秋に果実がつきます。その果実(コットンボール)が弾けると、その中から種子のまわりを包んでいる綿毛が出てきて、畑一面に白い花が咲いたような感じになって、美しい光景が広がります。
「コットン(cotton)」は、日本語では「綿」のことです。ちなみに現在では「木綿」もほぼ同じ意味として使われています。昔は日本では、蚕の繭から作られるものを「真綿」と呼んで、木綿と区別していました。しかし、養蚕業が衰退するようになると、「綿=木綿」と認識されるようになりました。
綿花という言葉で誤解しやすいのですが、実際は開花した花のことではなく、花が枯れた後に種子の表皮細胞が細長く発達した綿毛のことを指します。
綿花の色は基本的に白色やクリーム色ですが、品種によっては茶色や緑色などもあります。
ワタ … アオイ科ワタ属で、数十種類の多年草(個体として複数年にわたって生育する植物のこと)から構成されています。
綿花から取れる綿毛を紡いで糸にして、それで織ったものがコットンとなります。コットンは肌触りが良く、通気性に優れていて、水分もよく吸収します。そのために古代から衣類などの材料として欠かせない存在となっています。
また、種子から採れる綿実油は食用油や石鹸の原料となります。残った部分は飼料や肥料になります。
栽培できる環境
生育には、成長するまでの雨天による十分な水分と、綿花が成長したの収穫期は乾燥した晴天が必要なので、どこでも栽培できるわけではありません。
気候としては、平均気温15~25℃程度と十分な日射量という温暖な環境が必要です。また降水量も1,000mm~1,500mmとある程度必要です。このように高温多湿な地域(熱帯や亜熱帯)で栽培されますが、一方で、開花の時期にはしっかりと晴れている必要があります。このように、綿花は気候に非常に左右されやすい植物といえます。
このような生育条件を備えているインド、中国、アメリカなどが世界的産地となっています。
アメリカの綿花地帯
アメリカの綿花の栽培がさかんな地帯は、コットンベルト(Cotton Belt)または綿花地帯と呼ばれています。
主に以下の州がコットンベルトに当てはまります(厳密な定義があるわけではありません)。
カリフォルニア州、アリゾナ州、ニューメキシコ州、オクラホマ州、テキサス州、アーカンソー州、ルイジアナ州、テネシー州、ミシシッピ川、アラバマ州、ジョージア州、フロリダ州、バージニア州、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州などのアメリカ合衆国の南部が中心で西部も含まれます。
南部・西部とは以下の地域です。

綿花地帯と関係ある州です。

かつては、赤で示された州で綿花栽培がさかんでしたが、現在では青で示された州が新たな綿花地帯の中心地になりつつあります。このようにコットンベルトは南部から南西部へと移動してきました。
アメリカの綿花栽培の歴史と現状
アメリカ合衆国では、1500年代には綿花の生産が行われていました。1776年にアメリカが独立すると、綿花は農業の中心になっていきます。綿花プランテーションを維持するための労働力として、奴隷制度が活用されました。
1793年に発明家のイーライ・ホイットニーによって綿繰り機が発明されます。このことによって、やっかいだった綿と種子を分離する作業が楽になり、飛躍的に綿花栽培が拡大し、綿花産業は発展しました。このことは、南部地域の経済発展に大きく寄与しました。
綿繰り機 … ホイットニーは綿花栽培の様子を目にします。これがきっかけで綿花の種取り作業に興味を持つようになります。この作業は膨大な労働作業が必要だったので、何とか効率的に取ることができないかと考えました。そこで、彼は特製のドラムを回転させることによって、綿花だけを巻き取る仕組みを作ることに成功しました。これによって、作業効率が従来の50倍に向上しました。
綿繰り機発明後、綿花プランテーションが再び繫栄し、大農園で綿花が大量に栽培され、大量の労働力が必要とされました。皮肉なことに、発明時までにアフリカ系の人々による奴隷制度は停滞気味でしたが、発明による綿花産業の繁栄によって、プランテーションも拡大し、奴隷市場は息を吹き返しました。奴隷の受け入れは1808年までに禁止されるまで続きました。
1973年には約230トンだったのが、1810年には約42,000トンにまで増加しました。また1800年代には、アメリカの主要輸出品にもなりました。綿花地帯は南部にとどまらずに、西部にも広がっていきました。
1861年~68年にアメリカ国内で南北戦争が勃発します。奴隷制を支持していた南部が敗北したことにより、奴隷は解放されました。しかし彼らは生活する術も無いままに解放されたので、生活基盤が全くありませんでした。結局彼らは元のプランテーションに戻らざるを得なかったのです。今度は奴隷ではなく小作人として、弱い立場で地主に縛られた生活を送ることになりました。
1933年に、農業調整法が制定されると、作付面積が制限されました。さらに地力が低下したり、ワタミハナゾウムシなどの害虫が繁殖したり、海外市場が拡大したりしました。複合的な要因が重なることによって、次第に綿花産業は大きなダメージを受けました。
農業調整法(AAA) … フランクリン=ルーズベルト大統領のニューディール政策の中で行われました。農作物の過剰生産と低価格を解消するために、生産削減に対して補助金を支払うことで、価格を是正することが目的でした。
ワタミハナゾウムシ … 成虫で体調数mmになり、ワタの花、果実、種子を食べます。それによって著しく収穫量が減少する被害が出ることがあります。
1970年代には、技術の進歩によって、ほとんどの綿花は農場で自動化され、生産が効率的になりました。綿花地帯は南部よりも南西部へと中心地が移動していきました。現在でも南部地域でも綿花の栽培は行われていますが、他の農作物の栽培もさかんになって、綿花畑も少なくなりました。
1980年代には、環境にも配慮した農業も提案されるようになり、農薬や化学肥料を3年以上使用していない農地で有機栽培されたコットンをオーガニックコットンと呼ばれるようになりました。
現在は、最新の科学技術により、機械による効率的な体制で栽培されているために、より安定した品質の綿花を供給し続けています。また環境に対する負荷を下げるための努力も払われています。
綿花の世界生産量は、年によって変動がありますが、約2,500万トンが生産されています。ここで2021年の世界の綿花生産量の上位ランキングを見てみましょう。
| 順位 | 国名 | 生産量(千トン) |
|---|---|---|
| 1 | インド | 6,314 |
| 2 | 中国 | 5,824 |
| 3 | アメリカ | 3,876 |
| 4 | ブラジル | 2,885 |
| 5 | パキスタン | 1,089 |
インドは、世界最大の綿花大国です。かつて一位だった中国を抜き、世界の4分の1を生産するまでになっています。
また、中国は国家的な政策で行われています。特に新疆ウイグル自治区は、高品質な綿花で有名ですが、ウイグル族の強制労働による人権問題が起こっています。
さらに、2017年における綿花輸出国の上位ランキングです。
| 順位 | 国名 | 輸出量(千トン) |
|---|---|---|
| 1 | アメリカ | 3,484 |
| 2 | インド | 1,034 |
| 3 | ブラジル | 0,914 |
| 4 | オーストラリア | 0,849 |
| 5 | マリ | 0,239 |
年は異なりますが、生産量と輸出量を比較してみると、アメリカは生産量に対する輸出量の割合がかなり大きいことが分かります。ちなみに、2017年の世界輸出量に占めるアメリカの割合は、およそ40%になります。中国は自国で人口を抱えているので、生産したものは、自国で消費していることも分かります。


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