ビッグスリーとは?
アメリカの自動車産業におけるビッグスリーとは、アメリカの主要自動車メーカーである「フォード」、「ゼネラル・モーターズ(GM)」、「クライスラー」の3つの会社を指す言葉です。
この記事では、ビッグスリーの歴史と現状について解説します。
歴史
ビッグスリーが確立されるまでにどのような歴史があったのかを見てみましょう。
フォードの誕生
19世紀にアメリカ中西部の五大湖周辺では、鉄鋼業が繁栄していました。
20世紀初頭、この地で自動車産業が始まりました。まず1903年に誕生したのがフォードでした。技術者であった創業者のヘンリー・フォードは、いくつかの車種を発売した後、1908年に「モデルT(T型フォード)」を発売します。高品質かつ低価格な自動車を実現するために、工場内にベルトコンベヤーによる移動式の組み立てラインを構築し、世界で初めて効率的な大量生産方式を確立したのです。
様々な工夫により、モデルTの価格を下げることに成功します。それまでは一部の限られた富裕層しか手に入らなかった贅沢品が、庶民でも手の届くものとなったのです。売り上げは爆発的に増加しました。
モデルT … 1908年に発売され、1927年まで大きなモデルチェンジが無いまま、1500万台以上が生産される大ヒット車となった。低価格実現のために途中から車体カラーは黒一色に統一されました。
その他のメーカーも追随する
馬車製造・販売業で成功していたウィリアム・クレイポ・デュラントは、新時代の移動手段としての自動車に目を付けます。彼は、1904年にビュイックという自動車会社を買収し、全米有数の会社へと成長させます。
ビュイック … 1903年に設立された、現存する最古の自動車メーカーです。
1908年、デュラントは持株会社としてゼネラル・モーターズ(以降GM)を設立します。こうしてビュイック以外にもキャデラックなどの自動車会社を買収して傘下におさめます。この結果、GMは多種多様な車種を揃えることに成功し、販売を拡大していきます。フォードとは対照的な経営方針によって、富裕層から庶民までのニーズに応えることによってフォードを猛追します。
また、かつてビュイックの社長で、GMの副社長だったウォルター・クライスラーは、1925年に自動車会社を統合して、クライスラーを創業します。クライスラーも他の会社も買収して、多ブランド化を図りながら、業績を拡大していきます。
二度の世界大戦と世界恐慌
1910年代に入ると、GMは多くの会社の買収費用がかさみ、相当の負債を抱えていました。第一次世界大戦中から絶好調だったアメリカ経済も次第に後退し始めると、経営は打撃を受けます。しかし1920年にデュラントをGMから追放後は、経営が盤石になり、次々と魅力的な新車を投入することで、世界最大のメーカーへと成長していきます。
一方、フォードはモデルTが依然として主力で、次第に時代に合わなくなっていました。1927年にモデルTの販売を終了した頃は、新主力車への対応の遅れもあって、GMの販売攻勢の前で勢いを失っていきます。こうして自動車産業のトップの座は、フォードからGMに移ります。
1929年に始まった世界恐慌の余波は、繫栄を誇っていたビッグスリーにも押し寄せます。全米の年間販売台数は恐慌直前の約460万台から減少し、1932年には約110万台まで急落します。このため各社ともに減産せざるを得なくなりました。
しかしこうした中でも、各社ともに不況対策のために販売された車種が何とか売れて、ピンチを切り抜けました。またニューディール政策で公共投資が積極的に行われたことによって、ハイウェイを含む道路整備が進められ、自動車需要にも結び付いたことも救いとなりました。
今度は第二次世界大戦が勃発します。日本のように本土が被害を受けることはほどんどありませんでしたが、世界各地で戦うための軍需が増大しました。自動車工場は次々と軍事工場の転用されます。
フォードでは、大量の軍用機・軍用車の生産を効率的に行い、生産増強に寄与しました。GMもクライスラーも戦車や軍用車などを製造しました。結果的に、このような非常時にも、戦争による特需によって利益を確保しました。
一方で、会社を支える男性の多くが戦場に出て行ったり、鉄などの物資が不足したりして、一般向けの乗用車などの生産はほどんど停止し、販売は激減しました。生産台数は、1941年の約380万台から1942年には約20万台へと減少、1944年には僅か610台になります。
戦後の躍進
戦後になると、生産制限も解除されたこともあって、平常の生産へと戻ります。戦時中に抑えられてきた需要が爆発的に拡大します。
アメリカの販売台数は、1946年には戦前で最高台数であった1929年の記録を抜き、500万台を超えます。さらに1950年代~1960年代にかけて、アメリカ経済は絶頂期を迎えるとともに、ビッグスリーも年々販売台数が伸びていきます。1968年には約940万台にまで拡大しました。
特に、ビッグスリーの中でもGMがシェアの50%近くを占め、フォードとクライスラーが残りの大部分を分け合い、3社で市場の90%を占めました。この頃は海外の輸入車との競争もほとんどなかったために、ビッグスリーの独断場でした。
外国メーカーとの競争
1970年代に入ると、ビッグスリーを取り巻く状況は一変します。
1969年に日本のホンダがアメリカに進出します。1970年代初頭から本格的に自動車の輸入と販売を開始します。ちょうどこの頃(1973年)、最初の石油危機が起こり、石油価格の上昇が自動車業界を直撃します。とりわけ燃費の悪いアメリカ車にとって痛手でした。この出来事は、アメリカの消費者の嗜好に変化をもたらし、人々はより燃費の良い小型車を求めるようになりました。
ホンダのシビックなどの小型車が人気を集めるようになり、日本車人気に火が付きます。これにより、日本からアメリカへの自動車の輸出量を急増し、貿易摩擦が起きます。
貿易摩擦 … 貿易を行う国と国の間で、輸出と輸入の不均衡によって生じる問題のことです。
シェアを奪われる形となったビッグスリーでは、業績不振となり、リストラも行われました。1979年にクライスラーは経営危機に陥ります。
こうした事態にアメリカの自動車関係者たちは、「ジャパン・バッシング」を繰り広げました。これを受けて1981年に日本政府と日本の自動車メーカーは、対米輸出の自主規制を実施しました。この規制は1993年まで続くことになります。
この間に、日本のメーカーは現地生産へと体制を整えていきます。しかし1990年代に入ると、今度は現地生産のアメリカ製部品が少ないことが指摘され、再び摩擦が起こります。この点に関しては、日本側による目標が設定されることで決着しました。
1990年代は、アメリカ国内では比較的安定して好調が持続しました。この頃、石油価格が高騰することなく、安定することによって、アメリカ車が逆風を受けることが無くなったのです。
20世紀から21世紀へ
21世紀に入ると、ビッグスリーに限らず、自動車業界を取り巻く状況は大きく変化します。
21世紀に入っても、しばらくは比較的安定していた石油価格が、2007年頃に高騰し始め、アメリカ経済はサブプライムローン問題によって次第に傷が深くなっていきます。2008年には金融機関が破綻することにより、アメリカ発の世界的な金融危機、いわゆる「リーマンショック」へと発展します。この度の金融危機は世界恐慌よりも深刻な打撃をビッグスリーに与えます。
どのような影響があったのでしょうか?その後どうなったのでしょうか?
GM
2008年にリーマンショックが起こり、売り上げが低下し、深刻な経営危機に陥ります。長年の事業拡大と投資により、多額の負債を抱えていた所を直撃します。2009年にはアメリカ政府の支援を受けて、連邦破産法第11条の適用を申請し、事実上の経営破綻に陥ります。ただし、その後の企業再編によって再生を果たしました。
破綻後は新モデルの投入や電気自動車による再生を行い、2010年には株式を再上場し、事業を立て直しました。現在では販売台数世界一はトヨタに明け渡していますが、全米においては販売台数では安定して一位を保っています。
クライスラー
1998年、クライスラーはダイムラー・ベンツと合弁会社を設立し、ダイムラークライスラーとして統合されました。この合併により、両社は資本、技術、販売網を共有することになりました。しかし両社の関係が悪化し、最終的には2007年には完全に分離しました。
2008年にリーマンショックが起こり、売り上げが低下し、深刻な経営危機に陥ります。2009年、政府やメキシコの自動車メーカーやフィアットの協力によって、連邦破産法第11条の適用を申請し、事実上の経営破綻に陥ります。ただし、こちらも事業の継続によって再生を果たします。
同年、フィアットとクライスラーが合併することによって、FCAグループが誕生しました。さらに、自動車業界の世界的な再編はとどまることを知らず、2021年にフランスのPSAグループとイタリアのFCAグループが合併することにより、世界的な自動車グループとしてステランティスが誕生しました。
現在、クライスラーはステランティスの一ブランドとして位置付けられています。こうして20世紀末以降の激動の波に飲み込まれていきます。
フォード
2008年のリーマンショックにより、売り上げが低下し、深刻な経営危機に陥ります。しかし他の2社と異なり、傘下にあったマツダやボルボを売却し、資金を調達します。こうして、政府の救済を受けずに、自己資本での再建を選択し、何とか持ちこたえます。
電気自動車や自動運転技術への投資を進めています。北米市場では強固な地位を築きながら、アジア市場などへも展開しています。
○近年のアメリカの主要メーカー別の販売台数
| 西暦年 | フォード (販売台数) | G M (販売台数) | FCA ステランティス (販売台数) | トヨタ (販売台数) | ホンダ (販売台数) |
|---|---|---|---|---|---|
| 2017年 | 249万台 | 293万台 | 224万台 | 252万台 | 160万台 |
| 2018年 | 249万台 | 293万台 | 224万台 | 252万台 | 160万台 |
| 2019年 | 240万台 | 287万台 | 220万台 | 238万台 | 161万台 |
| 2020年 | 203万台 | 254万台 | 182万台 | 211万台 | 134万台 |
| 2021年 | 189万台 | 222万台 | 179万台 | 233万台 | 147万台 |
| 2022年 | 不明 | 不明 | 不明 | 211万台 | 098万台 |
| 2023年 | 200万台 | 260万台 | 153万台 | 225万台 | 131万台 |
| 2024年 | 208万台 | 270万台 | 130万台 | 232万台 | 142万台 |
| 2025年 | 220万台 | 285万台 | 126万台 | 252万台 | 143万台 |
リーマンショックでは、ビッグスリーと呼ばれた3社の内の2社が経営破綻を経験しました。さらにクライスラーに関しては、現在はヨーロッパを中心とした自動車メーカーの傘下におさまっており、かつて姿をとどめていません。
しかし、アメリカの繁栄を語る上では自動車産業は欠かせない存在で、その中心にビッグスリーが燦然と輝いていたことは確かです。

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