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【地理】「やませ」と「冷害」の関係

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学習Q&A 地理
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やませとは?

北日本の太平洋側(北海道・東北地方)と関東地方で春から夏(5月~9月)にかけて吹く冷たく湿った北東の風のことです。

やませは漢字で「山背」と書きます。東北太平洋側で奥羽山脈を背にして立った時に(太平洋側に向かって立つ)、正面から北東の風が吹いてくることから、このように名付けられました。

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どのような仕組みで吹くのか?

やませは、オホーツク海気団・オホーツク海高気圧が起因しています。オホーツク海気団はその名の通り、オホーツク海周辺に発生する気団です。

気団 … 広範囲にわたり気温や水蒸気量などの性質がほぼ均一な空気の大きな塊のことです。このような気団は高気圧のもとで保たれやすく、結果として高気圧に対応するように気団が形成されます。オホーツク海気団の場合はオホーツク海高気圧が対応します。

春から夏の時期にオホーツク海周辺に現れる気団です。緯度が高い北の海に発生するために、比較的冷涼で湿った気団となります。

この気団から、春~夏の時期に北東の風(偏東風へんとうふうともいいます)が吹くと、北海道・東北地方・関東地方北部の太平洋側を中心に影響を受けます。この風は気団の性質を受け継いだもので、冷涼で湿った風となります。

北東の風 … 北東から南西に向けて吹く風のことです。風向きは、どこから吹いてくるかで表現します。(例:北の風は北から南に向けて吹く風)

このために、気温は平年よりも下がり、どんよりとした天気が長引きます。このように、本来の夏の天気とは異なる状況になると、農作物を中心に大きな影響を受けます。詳しくは次の冷害のところで解説します。

近年では、猛暑であるにもかかわらず「やませ」が吹くと、その影響を受ける地域はひんやりとした空気になるので、天然のエアコン(クーラー)がかかっているような状態になります。西日本は猛暑なのに、北海道・東北地方は涼しくなる極端な気候になることがあります。

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冷害をもたらす

冷害れいがいとは、夏の気温低下によって農作物の生育が妨げられた結果、収穫量に悪い影響が出ることです。平年よりも低温になることで生育しなくなったり、病気が発生したりします。

特に稲の生育には甚大な被害が出ることがあります。冷害による被害は江戸時代から幾度も記録されていて、東北地方を中心に長年悩まされてきたことが分かります。

冷害は、言葉のイメージだけだと寒い季節の災害に思えますが、夏に関係する災害です。

江戸時代の冷害

江戸時代は、地球全体を通じて寒冷な気候であったことと、やませの長期化が顕著でした。これによって冷害が起き、飢饉も頻発しました。以下にあげた例以外にも、冷害による記録はたくさん残っています。

天明てんめいの大飢饉

1782年~1788年にかけて起こりました。東北・関東を中心に冷害による冷夏や長雨になったことに加えて、1783年には浅間山が噴火し、天候不順に拍車をかけました。この結果江戸時代最大級の飢饉となりました。

天保てんぽうの大飢饉

1833年~1837年にかけて起こりました。東北・北陸を中心に、冷害による異常低温と長雨によって全国的に大凶作となり、餓死や疫病死が多発しました。

天明の大飢饉、天保の大飢饉に加えて、寛永の大飢饉、享保の大飢饉で、江戸の四大飢饉と呼んでいます。

冷害と平成の米騒動

近年でも、冷害に襲われています。特に1993年(平成5年)は記録的な冷夏となりました。1954年に次ぐ戦後2番目に平均気温が低い夏になりました。仙台でも7月後半には最高気温が20℃にも届きませんでした。東京の8月の平均最高気温は約28℃で、平年よりも低い値でした。

東北・北海道を中心に6~9月の低温や長雨と日照不足によって稲の生育が遅れたり、いもち病も発生しやすくなりました。こうした大凶作で、稲を中心とした農作物は壊滅的な被害を受けました。

いもち病 … いもち病菌という糸状菌の寄生によって発病します。菌は毒素を出しながら、葉や穂を枯らします。ひどい場合は枯死することもあります。菌は稲に付いている水滴があると繁殖しやすくなるので、低温・多雨が続くと発生しやすくなります。

稲の全国作況指数は戦後最悪級の「74」となりました。これは「著しい不良」という扱いで、米不足となりました。

政府はこれを受け、主にタイからインディカ米を約250~260万トンを大量緊急輸入し、補おうとしました。しかし国産のジャポニカ米との違いから不評でしたが、一時的に国内需要を支えました。

タイ米よりも国産米を求める消費者に対して、店頭からは国産米は消え、売り惜しみや買いだめのために、市場は大混乱に陥りました。この出来事を「平成の米騒動」と呼んでいます。

ジャポニカ米は、炊き上がりはパラパラとしていて、日本人が食べ慣れた粘り気のある食感とは大きく違いました。そのためにカレーやプラフのような料理に使えば美味しく食べられるという評価も見られました。

その後の変化

ミニマムアクセス米の設定

平成の米騒動までは、国内の稲作農家を保護するために、米を輸入させないという方針を頑なに守っていましたが、これを大きく転換することになりました。ちょうどそこ頃、多角的貿易交渉で海外から米市場開放を要求されていましたが、それに応じる形で、1995年からは最低限の量(ミニマム)だけを輸入する(アクセス)ということで、ミニマムアクセス米が設定されました。現在では、毎年無関税で77万トンを輸入しています。

銘柄米への影響

1980年にも深刻な冷害がありました。これを機に宮城では、冷害にも強い米の品種改良が行われました。その結果、1991年に冷害に耐えやすく、味の良い「ひとめぼれ」が登場しました。この品種が真価を発揮したのは1993年の冷害でした。「ササニシキ」が壊滅的な被害を受けたのに対して、ひとめぼれの被害は軽微でした。
この成功によって、ひとめぼれの作付面積は飛躍的に増加していきました。現在、全国の銘柄別では、コシヒカリに次ぐ第二位の作付面積を誇っていて、宮城・岩手・福島を中心に生産されています。

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