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【国語】「経済」の語源とは?

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学習Q&A 国語
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どんな意味があるのか?

何気なく見聞きする「経済」という言葉ですが、実は分かっているようで、あまりよく分かっていないという人も多いかもしれません。どんな意味があるのでしょうか?

簡単にいうと「経済」とは、人々が生活するために必要な財やサービスを生産・分配・消費する仕組みと、その活動全体を指しています。

… 形があって、自分のものとして持てるもの。
サービス … 形がない行為や働きかけで、提供されたその場で消費されること。

生産 … 企業などが労働や資本を用いて財・サービスを作り、付加価値を生み出すこと。
分配 … 賃金・利潤・利子・地代などとして、生産要素の提供者に所得として配られること。
消費 … 分配された所得が、家計の消費支出や企業・政府の投資・支出として使われる段階。

生産で付加価値を生み出し、それが賃金や利潤などで分配され、分配された所得が消費や投資として支出されると、その需要に応じて再び生産されることによって、「生産 ⇒ 分配 ⇒ 消費」が循環されていくことになります。

誰(何)が経済を回していますか?

家計・企業・政府の3つがあります。

家計 … 家族や個人などが働いて収入を得て、消費によって経済活動を行う。
企業 … 生産や販売によって、経済活動を行う。
政府 … 財政をつかさどり、経済活動を担う。

家計・企業・政府は繋がっています。
例えば、家計は企業に労働を提供して、企業からその対価として賃金を受け取っています。さらに、その賃金を使って企業から財・サービスを購入しています。また家計は、税金などを政府に納めて、政府から公共サービスや社会保障の恩恵を受けています。

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もともとは中国由来の言葉

経済は、中国の古典の登場する語「経世済民けいせいさいみん」を省略した言葉です。

この語には『世をおさめて民をすくう』つまり「世の中をきちんと治めて、民を救って生活を成り立たせる」という意味があります。

  • 経世 … 国家や社会を正しく運営して、政治を行うこと。
  • 済民 … 人々の生活を安定させ、幸福を追及すること。

晋の時代の書物に、「経世済俗(経世済民と同義語)」という言葉が見られます。さらに唐の時代になると「経世済民」や、短縮語である「経済」も、使われるようになりました。

晋 … 西暦265年~420年に存在した中国の王朝です。280年に呉を滅ぼして、三国時代を終わらせました。

このことから、本来は世のために人々のために活動を行っていくことの大切さを訴える言葉だったのです。現代の経済という言葉が持つイメージとは異なります。

では、この言葉が、どのように現代の経済の意味になっていったのでしょうか?

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江戸時代の経世論

江戸時代中期になると、全国に市場経済は拡大して商人たちが力を付けるのとは対照的に、従来の体制に固執する幕府・藩が財政難に陥り、幕藩体制が不安定になります。幕府も度重なる改革によって凌ごうとしますが、改善されませんでした。こうした社会を背景に、経世済民に基づいた経世論が登場します。

経世論とは、政治・社会・経済などの広い範囲を含む経世済民のための思想で、現在の経済に特化した専門用語ではありませんでした。

まず、陽明学の熊沢蕃山くまざわばんざんは、自身の著書「大学或問だいがくくわもん」の中で経世論としての思想を確立します。社会の行き詰まりとして、当時浸透しつつあった貨幣経済を否定し、農民や武士に、地元の村に戻って農業に従事し、自給自足の生活を進める必要性を訴えました。

江戸幕府は、蕃山の提言が幕府政策の根幹に関わることから、著書を発禁処分にします。蕃山が幕府が重んじる朱子学と距離感がある陽明学を奉じていたことも理由かもしれません。

陽明学 … 儒教の一派で、「知行合一(知ることと行うことは一体であること)」「心即理(真理は自分の心の中にあること)」「致良知(良心に照らして、正しいことを行う)」の3つの説を中心とする学問です。

経世論を継いだ荻生徂徠おぎゅういそらいは経世論に新たな可能性を見いだします。

さらに、徂徠の弟子であった太宰春台だざいしゅんだいは「経済録」の中で、米を中心とする農業を重視して、商業を抑制する政策が、もはや時代の潮流に合っていないことを認識して、積極的な市場経済の導入を考えるべきことを述べています。ちなみに、経済という言葉が初めて書名に採用されたケースになります。後に徂徠は、武士も商業に携わることによって、藩として専売制度によって利益を上げるべきと主張しました。

海保青陵かいほせいりょうは、春台の思想をさらに発展させて、幕府や藩が産業を育成させて、商品流通への関与を深めるべきことを説きました。旧来の概念は活発な経済活動を阻害していて、より先進的な自由な経済活動の必要性を論じました。

江戸時代には、経済という言葉が使われるようになっていましたが、あくまでも経世済民の略語としての議論であり、国全体をうまく治めていくのかということを中心に論じられていて、現代の専門的な意味で使われていたわけではありません。

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幕末以降

幕末に開国し、海外から西洋的な経済学や思想が輸入されました。それらに関する文献は外国語で書かれていたので、どのように和訳するのかが問題になりました。

そこで、英語の「economy」に関しては「経済」が充てられましたが、本来の「経済」が持っていた意味から縮小されたものとなりました。多くの外国語とりわけ英語を日本語に訳す中で、どのような経緯で「economy = 経済」と繋がったのかは知る由もありません。

英語の「economy」は、本来は「家政・家計・家の管理」などを意味していましたが、近代になって適用範囲が拡大され「国家による資源管理」を意味するようになりました。

現代の経済活動によって、競争が起こり、貧富という格差が生まれているので、本来の経世済民が持っていた意味を反映しているかといわれると、かなり疑問符がつきます。

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