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【国語】「情報」の語源について

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学習Q&A 国語
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「情報」とは

情報とは、ある事柄についての意味のある知らせや知識のことですが、それだけでなく、受け取った人にとって、何らかの判断したり行動したりするのに役立つ内容です。情報は文字だけでなく、図・表・画像・映像・音声などの多種多様な方法を用いて表現されます。

現代は情報化社会といわれています。これによって情報が持つ意味は、ますます多岐にわたっています。

「情報」と「データ」は同じ意味ですか?

この記事で考えているように、「情報」が受け手に何らかの影響を与える意味のあるものであるならば、「データ」は数値や記号などの単に事実の集まりのことです。そういう意味で「情報」と「データ」は区別する必要があります。
情報化社会では、「データ」を受け取って、それを分析・解釈して、役立つものに変えることによって初めて「情報」となります。

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明治時代に登場した

情報は、もともと日本にありませんでした。この言葉は明治以降に国の近代化と海外との関わりの中で登場します。

初登場

1876年(明治九年)に、酒井忠恕が「佛國歩兵陣中要務實地演習軌典」というフランス語の書物を翻訳します。

富国強兵ふこくきょうへいの下で軍事の近代化を進めていた日本が、フランス軍から軍事について学ぶための書物でした。その記述の中に「renseignement」というフランス語が出てきます。酒井はこの単語を荷日本語で「情報」と訳すことによって、初めてこの言葉が登場しました。

フランス語の「renseignement」は、「問い合わせ内容・諜報」ちょうほう などの意味を持つ名詞で、一般的には敵や組織から得られる具体的な内容や、それを収集するためのスパイ活動などを指しています。ちなみにフランス語の「information」よりも、軍事的な価値のある内容とそれを扱うことを指す軍事用語として使われていました。

つまりこの言葉には軍事的な意味合いが濃かったといえます。

そもそも、酒井はなぜ「情報」という言葉をつくったのでしょうか?

「情」には、ありさま、事情、様子などの意味があります。さらに「報」には、物事・出来事を知らせるという意味があります。これらを組み合わせて「情報」という言葉をつくりました。つまり、敵の状況をあらゆる方法でつかんで、それを味方に知らせるという行為を意味していました。

森鷗外も使用する

明治後期、文豪の森鴎外もりおうがいがプロイセン(ドイツ)のクラウゼヴィッツが書いた「戦争論」の翻訳した時にも、ドイツ語の「Nachricht(知らせ・報告)」の訳として情報を使ったとされています。ちなみに「Nachricht 」はフランス語の「renseignement」に相当します。この時点でも、やはり軍事的な用語として使われていて、日常的な言葉ではなかったようです。

人々の目に触れるようになる

1890年代の日清戦争の頃から、新聞の紙面に情報が登場します。これ以降、軍事的な用語が人々にも広まっていき、それとともに「報告・知らせ」としての意味を持った情報が認識されるようになります。言葉が浸透してくると、辞書にも採用されます。

1907年(明治40年)の三省堂さんせいどうの「辞林」では、情報が「事情の知らせ」という意味で取り上げられました。また、1915年(大正4年)の「熟語本位英和中辞典」では、英語で「諜報」と意味する「intelligence」の訳として情報が紹介されています。

より多くの人々が日常の場面でも使うようになると、次第に軍事的な要素が薄れていきます。しかし、戦争が始まるとともに、情報という言葉は軍事的なイメージを色濃くしていきます。

「infomation」の日本語訳になる

現代では、「情報」は英語だと「infomation」ですが、ここまでは、「情報」と「infomation」は繋がっていませんでした。先述のように、英語だと「intelligence」の訳として認識されていました。

明治時代前半に福沢諭吉ふくざわゆきちは自らの著書で「infomation」という言葉を使っていますが、カタカナで「インフォルメーション」と表記しています。

1921年(大正10年)、「大英和辞典」の中で「infomation」の訳として初めて登場します。それでも、この訳が定着するのは戦後になります。

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戦後

戦後になると、情報の概念が急速に拡大していきます。「広辞苑こうじえん」から意味の変遷をたどってみましょう。

1955年(昭和30年)に刊行された「広辞苑第一版」では、情報もこの中に含められましたが、単に「事情の知らせ」として紹介されました。

1969年(昭和44年)の「広辞苑第二版」では、「事情の知らせ」以外に「情報理論」の意味が追加されました。この頃になると、情報がコンピューターと結び付けられていきます。こうして情報は軍事用語から科学技術用語、さらには社会の中で一般的に使わるようになります。

情報理論 … 1948年、クロード・シャノンが、情報を数学的に扱うことにより、情報をより効率よく、正確に、伝えたり、蓄積したりすることに関する理論を発表しました。この理論はその後、情報通信やコンピュータ科学に大きな影響を与えました。

1983年(昭和57年)の「広辞苑第三版」では、「判断を下したり、行動を起こしたりするために必要な知識」という意味が追加され、現在の情報の意味になりました。

現代では、情報化社会により大量のデータが溢れています。しかしそれだけでは、ただの事実の集まりです。そのデータに意味を付けることによって初めて情報になります。ではどのようにしてこれほどまでにデータが溢れるようになったのでしょうか?

データを大量の処理する装置として20世紀にコンピューターが登場したことが大きな要因といえます。コンピューターは情報に意味を付けてくれる優れた装置といえます。コンピューターの飛躍的な進歩によって、より容易に大量の情報を手に入れることができるようになりました。

さらに近年のAIの登場も世界に革命的な変化をもたらしています。AIは、人間がある程度の環境を整えてあげれば、その後は機械が自らデータに基づいて情報を生み出してくれます。人間以外にも情報を創造する時代になってきました。

もはや情報は、物質やエネルギーに匹敵する重要な資源とみなされるようになっていますし、今後もますますそうなるでしょう。

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