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【地理】OPEC(石油輸出国機構)とは?

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学習Q&A 地理
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概要

OPECとは産油国が経済発展を目指して、自らの利益を守るために1960年に結成された国際機関のことです。2026年1月現在、11か国が加盟しています。

OPECは「Organization of Petroleum Exporting Countries」の略称です。

加盟国は以下の通りです。

イラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、ベネズエラ、リビア、アルジェリア、ナイジェリア、ガボン、赤道ギニア、コンゴ民主共和国(中東4か国、アフリカ3か国、南アメリカ1か国)

かつての加盟国は以下の通りです。

インドネシア、カタール、エクアドル、アンゴラ、アラブ首長国連邦

2026年5月、アラブ首長国連邦はOPECから脱退したことを発表しました。
生産量をめぐってサウジアラビアと対立やイランによる攻撃などの要因が重なったことで、加盟国に事前協議なしに一方的に決定しました。

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設立の経緯

第二次世界大戦後、それまでのエネルギーの主役が石炭から石油へと急速に切り替わります。これによって世界の産業構造とエネルギー政策が大きく変化します。これを「エネルギー革命」といいます。

エネルギー革命によって石油生産は急拡大するとともに、石油メジャー(以下「メジャー」)と呼ばれる欧米の国際石油資本が世界生産を独占するようになり、莫大な利益を上げました。メジャーがカルテルを形成するにあたり、原油価格は安定的に推移しました。これに対して旧植民地であった産油国には利益が行き渡らない、不均衡な状況になっていました。

石油メジャー … 採掘・生産・輸送・精製・販売までを一括で行い、世界の石油市場に大きな影響力を持っていた巨大な国際石油資本のことです。かつては「セブンシスターズ」と呼ばれた、ガルフ、モービル、シェブロン、エクソン、テキサコ、ロイヤル・ダッチ・シェル、ブリティッシュ・ペトロリアムが第二次世界大戦後の世界の石油市場を独占していました。

カルテル … 複数の企業が、本来であれば企業ごとで決定するべき価格や生産量などを、協調して取り決める行為のことです。カルテルによって、企業間での競争がなくなり、価格が高い水準になりやすくなります。

1950年代、いわゆる第三世界にも、植民地支配から解放されるとともに、国として経済的にも欧米から自立しようとする動きが出てきます。石油産業においても、欧米を中心とするメジャーからの自立を望むようになります。実際ベネズエラでは、南米や中東を中心として産油国で団結するための何らかの仕組みの必要性を構想するようになります。

第三世界 … 冷戦期にアメリカ中心の資本主義陣営とソ連中心の社会主義陣営のどちらにも属さない、アジア・アフリカ・中南米などの発展途上国を指した概念です。

1959年2月メジャーが産油国の意向を無視するように原油価格の引き下げを発表しました。当時需要量は急拡大していましたが、世界的に大規模な油田開発が急速に進み、需要量を上回る供給量が確保されるとの見通しから、原油価格は下落傾向にありました。

このような一方的なメジャーの方針を受けて、石油収入の減少に対する危機感を抱いた産油国は、メジャー対して価格改定の事前通告を要求するものの、受け入れられませんでした。

1960年に再びメジャーが価格の引き下げを実施すると、産油国の反発はさらに強まります。そのような中、9月14日にイラクのバグダッドで行われた会合で、イラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、ベネズエラの5か国が集まって恒久的な機関としてOPECが結成されました。メジャーに対抗することを主たる目的としていました。

翌年1月、ベネズエラで行われた会合で、組織の主な目的が承認されました。内容は以下の通りです。

A:組織に加盟する国々の石油に関わる政策を調整し、加盟する国々個々の利益を組織で保護するための最良の手段を決定すること。

B:加盟国に及ぶ、有害で不必要な変動要因を排除し、国際石油市場における価格の安定を確保する方法を模索すること。

C:常に、消費国へ効率的、経済的かつ定期的に石油を供給し、石油産業に投資している人々に公正な見返りを提供すること。

組織の目的を見てみると、産出した石油はその国のものなので、国際的な価格は生産国である自分たちが決定できることを主張していることが分かります。メジャーへの毅然とした態度とそれらからの独立性を保ちたいことが背景でした。

本部はオーストリアのジュネーブに置かれました(後にウィーンに移転しました)。

どうして、OPECの加盟国ではないオーストリアに本部が置かれたのですか?

当初、バグダッドなどの加盟国に関係する都市に置くことを想定していましたが、ベネズエラがこれに反対して、中立的な場所に置くことを主張したためです。オーストリアは1955年に永世中立を宣言した中立国で、NATOなどのいかなる軍事同盟にも参加していません。

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主導権を握る

1970年代に入るとOPECの存在感が増していきます。1971年のテヘラン協定やトリポリ協定で原油価格を石油メジャーと協議して決定することを認めさせます。1972年のリヤド協定により、開発事業そのものもメジャーから権利を委譲する方針が示されます。原油価格の決定権はメジャーからOPECに移りつつありました。こうした中で決定的な出来事が起こります。

1973年10月、エジプト・シリアがイスラエルを攻撃することにより軍事衝突となり、第四次中東戦争が勃発します。戦争中にエジプトとシリアは、OAPECやOPECに協力を要請します。その結果、OPECは10月17日に原油価格を一挙に70%も引き上げます。さらに10月18日、それに伴い今度はOAPECがイスラエル寄りの国々(アメリカなど)に対して石油の禁輸措置も実施すると、第一次石油危機(第一次オイルショック)が引き起こされます。

OAPEC … アラブ石油輸出国機構のことです。OPECは地域を問わない産油国で結成された機関でしたが、OAPECはアラブ諸国だけで結成された機関です。
アラブ諸国とはアラビア語を共通語とし、アラブ人が主要民族である国々のことです。サウジアラビア、イラク、シリア、アラブ首長国連邦、カタール、クウェート、エジプト、リビア、チュニジア、アルジェリアなどがあります。

こうした戦時における石油戦略によって、アラブ諸国は有利な休戦条件を持ちこむことができたと考えられます。戦争自体は10月23日に休戦協定が締結されて短期間で終結しますが、石油戦略は継続され、12月には原油価格を何と130%引き上げることを決定し、混乱に拍車をかけます。

こうした戦略に世界経済は大きく振り回されます。多くの先進国では、消費者によるパニック買いが発生し、大きな混乱が引き起こされました。日本も例外ではありませんでした。

この混乱の中、価格の引き上げに関しても、メジャーには事前の説明がありませんでした。このことは、産油諸国に対するメジャーの影響力は過去のものとなったことを明らかにしました。

その後もOPECが主導権を握り続け、世界市場の中で価格の決定権を独占していきます(カルテル状態)。このため原油価格は高止まりし続けます。その中でもとりわけサウジアラビアは影響力を示しました。

1978年~1981年にかけて、加盟国のイランで政情不安から革命へと発展、さらにはイラン・イラク戦争が勃発し、原油の産出が不安定になります。これに加えて、OPECも増産に後ろ向きだったこともあり、原油価格が高騰します。これによって第二次石油危機が起こります。

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弱体化

1982年ごろから、石油危機の混乱から先進国の石油備蓄の拡大や、代替エネルギーへの転換、さらにはOPEC加盟国以外での産油量の増加を受けて、原油価格は下落し始めます。これに対してOPECとしては減産による供給の制限によって、価格を維持しようとしましたが、複数の加盟国が追随しませんでした。唯一減産を受け入れていたサウジアラビアも、体力に限界があり、増産に舵を切らざるを得なくなります。これにより原油価格はさらなる下落を見せ、世界の中でも相対的にOPECの影響力が落ちてきました。

1990年に加盟国のイラクとクウェートが関わった湾岸戦争が勃発すると、原油価格は上昇しますが、一時的な動きに終わります。結局その後も原油安は継続され、OPECの影響力も落ちていきました。

湾岸戦争 … 1990年8月にイラクがクウェートに侵攻し、翌年1月から多国籍軍がイラクを攻撃することによって2月にクウェートは解放されました。

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21世紀の動き

21世紀に入っても、イラク戦争(2003年)やリーマンショック(2008年)などによって、高騰や暴落を繰り返します。その中でOPECは一定の存在感を示しつつも、世界の情勢に合わせて増産や減産を繰り返します。

シェールガス革命による影響

シェールガス革命とは、2000年代後半以降、アメリカで技術革新によりシェール層と呼ばれる地層から天然ガスや原油の抽出が可能になったことで起きました。以前は採れなかった資源が経済的に開発可能なったことで、世界のエネルギー事情は大きく変化しました。

シェール層 … 泥や粘土が堆積してできた堆積岩の一種である「頁岩けつがん(シェール)」が層状に分布している地層のことです。

こうした変化は、従来の産油国にとっては大きな脅威となりました。供給が増大するということは価格競争が起こるからです。そこでOPECは、アメリカのシェール産業に対抗しようと2014年11月に原油の増産に踏み切ることによって、原油価格は急落します。

一時的に打撃を受けたシェール産業でしたが、その後の技術革新や効率化によって体力を付けて、すぐに立て直します。こうして石油産業とシェール産業の新たな競合関係が生まれます。

OPEC+(ぷらす)とは

従来のOPECは主要な原油輸出国で構成されていましたが、21世紀に入ると、それ加盟国以外のアメリカやロシアなどでも生産量が増加し、世界の原油市場に大きな影響を与えるようになってきました。

そこでこれらの非加盟国とも調整を図ることで、原油価格の安定を目指す必要が高まりました。こうしたことを背景に、2016年にOPECの拡張組織として、ロシアを中心にOPEC+が結成されました。

OPEC+はOPEC加盟国と非加盟国を含む広範な協力体制が構築され、世界経済やエネルギー市場に大きな影響力を及ぼすようになっています。

加盟国は以下の通りです。

アゼルバイジャン、バーレーン、ブラジル、ブルネイ、カザフスタン、マレーシア、メキシコ、オマーン、ロシア、スーダン、南スーダン

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