概要
中華人民共和国で「改革開放」の一環として設置された地区です。ここでは経済発展のために外国資本の進出が特別に認められて、優遇されてきました。
経済特区は英語で「Special Economic Zone(略称:SEZ)」となります。
導入の経緯
中国は毛沢東の指導による計画経済の下、国家運営を行っていました。しかし、経済面では外国との繋がりを持たなかったために、世界的なグローバル化の中で、閉鎖的な経済体制のままで経済を成長させていくには限界がありました。
中国で貿易を行うためには、貿易をするために権利(貿易権)を政府当局から認めてもらうことが必要ですが、権利獲得のハードルは高いものがありました。1970年代後半に貿易を許可されていた中国側の企業(実質は政府機関)は10社ほどしかありませんでした。
文化大革命の混乱後、新たに指導者となった鄧小平は、建国以来の毛沢東路線を転換させるために、中国共産党の一党独裁による社会主義体制を堅持しながらも、経済面においては市場経済を導入しようと考えました。
1978年の全国人民代表大会では、近代化された新しい形の社会主義を目指すために、新憲法が公布・施行されました。こうして「改革開放」路線が本格的にスタートすることになりました。具体的には、農業・工業・防衛・科学技術の4分野を現代化(近代化)するために必要な経済体制を築くことが急がれました。
このことにより、それまでの計画経済から市場経済への大胆な変更が必須でした。しかし、これを中国全土に一気に導入すると混乱を招く恐れたあったために、まずは限定された地域だけで市場経済に基づく制度を浸透させて、その影響や成果を見ようとしたのです。
計画経済 … 政府が生産量や投資規模などの計画を立てて、政府の指示に基づいた経済活動を行っていくことです。この方法だと、国家が統一的に管理することができますが、市場経済の考え方は、ほとんど排除されてしまいます。
導入以後
1980年8月、第五回全国人民代表大会の常務委員会会議で経済特区が承認されました。
これにより、広東省の深圳、珠海、汕頭、福建省の廈門が最初の経済特区として指定されました。さらに数年後の1988年には、広東省から分離した海南省全域が追加されました。


特区導入と並行して、計画経済の象徴であった人民公社が解体(1982年)されました。それにかわって経済特区が、鄧小平の改革開放路線を象徴する存在となっていきます。
人民公社 … 1958年以来、毛沢東が社会主義を完成させて共産主義へ移行するために必要な組織として農村に設けられた、集団的な農業の遂行と地方行政が一体化された組織です。工業・商業・農業・教育・軍事などのあらゆる機能を持っていましたが、思ったような成果は上げられませんでした。
どうして経済特区は沿岸部に集中しているのですか?
複合的な要因があります。
①外国と貿易をするためには海上輸送は欠かないので、臨海部が好まれました。
②資本主義が浸透していて、華僑が多くいる香港・マカオなどに近いことによって、彼らから資金や技術を取り込みやすい立地にありました。
③経済特区は壮大な実験場で、失敗する可能性があったので、なるべく範囲を限定して、政治基盤のある北京や内陸部への影響を抑えようとしました。
華僑 … 中国本土以外に、中国国籍のままで長期的に居住している中国系住民のことです。アジアを中心に数千万人いるといわれています。商才がある人が多く、世界的に大きな経済力を持っています。中国本土の経済発展のために彼らの力は是非とも必要でした。
どのような地区なのか?
経済特区では、外国資本に以下のような優遇策があります。
- 経営に関して干渉を受けることが少ない
- 税制に関する優遇措置
→ 所得税の優遇税率を受けられる - 土地の使用権を獲得できる
- 特区内で必要とされる原材料などの輸入に関しては、関税の減免措置がある。
- 行政手続きの簡素化が図られている
→ 手続きにかかる時間や労力が大幅に削減される
深圳
香港と隣り合った深圳は、経済特区のうち、最も成功した場所となりました。わずか30年ほどで人口が30万人から1,400万人へと急増し、北京や上海と並ぶ中国有数の先進的な都市へと変貌しました。
深圳はもともと小さな漁村でしたが、経済特区の指定によって多くの工場が集まり、製造業が発達しました。しかしそれだけにとどまらず、高度な技術を持った人材が集まることによって、開発も行われるようになりました。
近年では世界を代表する中国IT企業(テンセント・HUAWEI・DJI・Royaleなど)の本拠地にもなっていて、「中国のシリコンバレー」と呼ばれています。
珠海
もともとは真珠の採取がさかんに行われていた、沿岸部の辺境の都市でしたが、香港やマカオと接していることから、経済特区に指定されました。
外国資本が導入され、工業が発達しました。それとともに観光なども発展し、今日では重要港湾都市と位置付けられています。さらには香港とも橋によって陸続きとなり、往来がさかんになっています。人口は他の経済特区と比べると比較的少ないのですが、住環境の良さから国内でも評価されています。
汕頭
もともと華僑の故郷として、19世紀から貿易なども行える港として整備されてきました。経済特区として指定された時点では、他の経済特区よりも発展していました。
しかし指定後は、工業ではなく農業が発展していきます。工場誘致のためのインフラ面整備に時間がかかったため、他の地区と比べて工業の発展が遅れてしまいました。その頃には深圳などが主役を握っていました。
汕頭も指定当初と比べると発展していますが、他の経済特区があまりにも驚異的な発展を遂げ過ぎているために、国際的にも知名度が低いままとなっています。
廈門
台湾と台湾海峡を挟んだ大陸対岸に位置する都市です。
アヘン戦争後の南京条約によって開港されたことによって、19世紀から外国に開かれていたこともあり、国際的にも知名度がありました。さらに華僑の故郷としても有名です。
経済特区の指定によって、近い台湾から多くの資本を集めて成長を遂げました。
海南省
中国の最南端にある省です。海南省には、海南島やその他の島々が含まれています。
1988年に広東省から分離独立し、海南省として発足しました。それと同時に最大面積を誇る経済特区として指定されました。これ以後、工業や観光業が発達していきます。現在「中国のハワイ」と呼ばれるようになっています。
2020年、海南自由貿易港として、さらに自由な貿易と投資を進めていくことが発表されました。
自由貿易試験区との違い
2013年、中国政府は上海市に自由貿易試験区を設置しました。自由貿易試験区を英語で「Free Trade Zone(略称:FTZ)」といいます。
FTZは経済特区をさらに発展させた地域です。その後の上海での成功を受けて、各地に設けられ、全国に20を超えるFTZがあります(2026年現在)。
以下のような地域にあります。
上海市、北京市、天津市、重慶市、江蘇省南京市、浙江省杭州市、遼寧省瀋陽市、黒龍江省ハルビン市、湖北省武漢市、広東省広州市、雲南省昆明市、陝西省西安市 などがあります。
経済特区(SEZ)との違いは何でしょうか?
SEZの目的は、まず外国資本を誘致して経済発展させることでしたが、FTZは、国内の経済制度を改革することを目指し、外国企業がより自由に活動できるようにしたものです。SEZは市や省全体などの広域が指定されていますが、FTZは数十~数百km2というより限定された地域となっています。また、SEZと比べて内陸を含む全国に点在しています。


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