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【歴史】かな文字とは? どうやって誕生したのか?

学習Q&A 歴史
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かな文字とは?

かな文字は、漢字を基にして作られた日本独自の文字です。「平仮名」(ひらがな)と「片仮名」(カタカナ)の2つがあります。ともに平安時代に使われ始めたといわれています。

かな文字以前は

かな文字のもとになった漢字は、1世紀に中国から日本に伝わって来たと推定されます。それ以降数百年にわたって日本に漢字が浸透していきました。このように元々日本には文字がなかったので、外国(中国)の文字を使って表していくことになります。

奈良時代の頃には「万葉仮名」が使われていました。万葉仮名とは、日本語の音を出すために、漢字の本来の意味とは無関係に、発音するために漢字を割り当てたものでした。

例えば、以下のような万葉仮名がありました。

発音使われていた漢字
(万葉仮名)
阿、足、安 など
加、可、香 など
世、背、草、沙 など
千、血、市、知 など
仁、尼、荷、煮 など
発音使われていた漢字
(万葉仮名)
比、必、日 など
末、馬、麻 など
也、耶、八、矢 など
理、利、梨 など
和、輪 など

このように、音しかなかった日本語の発音(表の左側)に対して、複数の漢字が用いられました。

万葉集のある・・歌は、万葉仮名を使って表現すると以下のようになります。

足桧木乃 山左倍光 咲花乃 散去如寸 吾王香聞
あしひきの、山さへ光り、咲く花の、散りぬるごとき、わが大君かも
<意味:山までもさえ光るほどに咲く花のように散ってしまわれた、私の皇子様よ>
<解説:この歌は聖武天皇の皇子が病で亡くなったことについて歌われました>

このように、現代の私たちが見るとかなり読みにくく感じるかもしれませんが、当時の人々は、何とかして文字として記録に残そうと努力していたことが分かります。

では、万葉仮名からどのようにかな文字が発展していったのでしょうか?

「平仮名」(ひらがな)

万葉仮名から平仮名(以下はひらがなと記します)は形成されていきました。では、ひらがなは漢字からどのように作られたのでしょうか。下の例を見てください。

ひらがなは、漢字の草書体を崩したものです(上の表にある漢字は行書体です)。このように漢字を崩したので、全体的に丸みを帯びた形をしていることが分かります。

草書体とは … 漢字の書体の一つで、より速く書けるように、形を崩したり省略したりして、全体的に流れるように書いた書体です。

ひらがなは何に使ったの?

男性貴族たちの間で使われたと考えられますが、後には女性の間にも広まっていきます。そのためひらがなは「女手(女文字)」といわれていました。それに対して漢字は「男手」といわれていました。漢字に通じている女性は少なかったと思われます。

「片仮名」(カタカナ)

万葉仮名から片仮名(以下はカタカナと記します)も形成されていきました。では、カタカナは漢字からどのように作られたのでしょうか。下の例を見てください。

ほとんどのカタカナは、漢字の一部を切り取って作られていることが分かります。そのために漢字の特徴的な角ばった形が受け継がれています。

カタカナは何に使ったの?

現代では、カタカナは外来語に用いられていますが、もともとイメージは全く違いました。仏教界から誕生しました。

僧侶たちが漢文(中国の文)で描かれた経典(仏教についての大切な書かれた書物)を、日本語に合わせて読むため(訓読するため)に用いられたことから始まったといわれています。

漢字のすぐ横に小さく送り仮名を書くのに、シンプルな形の文字がちょうど良かったのです。

かな文字が生まれた背景

日本独自の文字が生まれた背景は何でしょうか? 歴史的な背景を見てみましょう。

遣唐使の廃止

中国の唐が衰えてくると、唐の政情は不安定になり、周辺の国は唐との交流を見直すようになります。

日本でも、航路の安全面から、遣唐使を継続する必要はないとの提案が菅原道真から出されて、894年に遣唐使は停止されました。停止されたまま再び遣わされることはありませんでした。

実は遣唐使の停止以降も、引き続き唐との民間交流はありましたが、これまでとは流れが変化します。引き続き唐の文化の影響を受けながらも、それを土台にして、より日本人に合わせた独自の文化が育っていきました。

日本独自の文化の発達

藤原家が全盛期だった摂関政治の頃、日本独自の文化が育っていきます。そのような文化を国風文化といいます。様々なものが日本風にアレンジされる中、文字に関しても新しい動きが出てきます。

それまでは漢字を万葉仮名にして使っていましたが、漢字を見事にアレンジして、日本人にとって使いやすい文字が生まれました。これがかな文字だったのです。

かな文字はどんな影響を与えたか?

平安時代、女流作家である紫式部(「源氏物語」)や清少納言(「枕草子」)が、名作を残します。これらの作品にはひらがなが使われました。

ひらがな独特の丸みを帯びた美しい形は、日本人の持つ、繊細な感情や情景を描き出すのに適していました。日本語が持つ美しい表現を、ひらがなは可能にしたのです。

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